September 27, 2003

有料ソフトウェアの未来

今日はCPSR/JAPANのAnnual Meetingにいきました。帰り道に中央線にのりながら、山根さん八田さんと有料ソフトウェアの現状と未来について話し合いました。

私が子供のころ、ソフトウェアというのは有料でお金をだして買うものでした。
もちろん書籍などについてくるソースコードを打ち込んだりはしていましたが、それはシンプルなゲームプログラムなどに限られていました。
そのころにゲームが好きだった私は、自分もゲームを作るようなプログラマになるのかなと何となく思いつつ育ってきました。ゲームでないとしても、何かしら自分の作品としてのソフトウェアを販売して暮らすというのが、しごく当たり前な人生のスタイルのように思えたものです。

しかし今や有料ソフトウェアなど風前の灯。大規模なチームワークによるOSやゲームなどはあっても、個人の作家性のあるようなソフトウェアはすべて無料になってしまいました。
もはや個人や少数のチームがソフトウェアを作成して販売するなどというビジネスモデルは成り立たないと考えられています。それは不可避なのでしょうか? どんな理由によるのでしょうか?

八田さんが言うには、ソフトウェアでは情報財の複製コストの安さが究極的に働くので、これは不可避の現象だろうとのことです。となると、我々プログラマはもはや作家性などを発揮することはできず、下っ端技術者か、コンサルタントになるしかないのです。
たしかに流通コストがゼロに近づき、プログラマが余っている現状では、多くのソフトウェアの需要にたいして多数の開発者が競争して、価格はすぐにゼロに近づいてしまいます。ソフトウェア以外の付加価値のある製品か、極端なニッチでしか商売が成り立ちません。

かくして私は己の進路に思い悩むことになるわけです。

けれども一度はすたれた作家性ソフトウェアにはまだ道があると考えます。ゲームなどの多様な表現を取り込んだ著作物としての側面の強いソフトウェアであれば、過当競争にまきこまれることなく多様な市場を形成することも不可能ではないかもしれません。

そこには沢山の障害があります。コピーコントロール優先の著作権保護スキーム、シェアウェアなどが著作権で保護されない現状など、法的/政策的に実現されなければならないことも多いです。ビジネスやマーケットではもっと多くの壁があることでしょう。

いつか憧れた商売としてのプログラマ、そのうち成れる日がくるのでしょうか。

Posted by arai at September 27, 2003 03:13 AM
Comments

気楽な下っ端技術者です。最近だんだん気楽じゃなくなってきてるので、もう少し余裕欲しいところです :-)

Posted by: ymd on September 27, 2003 04:47 AM

自分は、引退するまで一番下っ端で苦しんで働いていくと決めていたんだけれど、やめました。
*適度*に偉くなることにしました。そうしないと生きていけない。
やっぱ理想のなかで生きていくのは難しいねえ(笑)。

Posted by: JuNya on September 30, 2003 11:46 PM

というわけで、いまだにゲームかなんかを作る夢をもちつつ。
社会派テクノロジストとして生き抜いてやるぜ、と。

ソフトウェアへ欲望を駆り立てるためにはどうすればいいか?
なぜオタクはソフトウェアを消費するのをやめてしまったのか。
ガジェットとかいうゴミハードウェア(PDAだのAIBOだの携帯だの)は消費されつづける。
欲望はどこへ向いているのか?

Posted by: arai on October 3, 2003 01:53 PM
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