March 03, 2004

科学者は発言せねばならん

世間では根拠のない言動や、根拠のない政策といったものが大勢を占めている。
そうしたものを許してきた原因の一つが、科学者の無策無関心であろうかと思う。

とくに自然科学者は、論理や統計をきちんと扱うことができるのだから、
無為に思えても、積極的かつ慎重に発言を繰り返し、少しでも自分の声を届けよう。
そのときの声は、なるべく理性的で科学的であるべきなのは言うまでもないだろうが、
ときには気軽なおどけた意見表明も許されるかもしれない。

人文科学者に自然科学の手法を正しく伝えることも大切だろう。
世の中にすこしでも理性をとりもどさなくては。
と科学者の卵としておもう。

Posted by arai at March 3, 2004 01:20 AM
Comments

積極的に発言。ってのは心がけてるんですが、
「慎重に」ってのが大事ですよね。
私はうっかりやさんなので、ついいい加減なことを書いてしまいがちだったり。


科学者が政治とかにあんまり何もいわなくなったのは、もしかして、
マンハッタン計画なんかが関係してるのかなぁ、と思ったり思わなかったりします。

Posted by: y_ikeda on March 3, 2004 03:13 PM

ありがとうございます。
私も左派リベラルの立場から発言したりすることが多いですが、やはり科学者(のたまご)として信頼される発言をするためには、あくまで客観的な視点と裏づけに基づいて発言しなければと自戒しています。

もちろん面白いアイデアをいうことも大事ですが、あくまで「他人に理解してもらうことを大切にしていこう」というのが今年の新しいテーマです。

http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/intro.html
天羽さんの水商売ウォッチングなどは古典ですが、科学者の社会的責任という点では重要な取り組みかと思います。

Posted by: arai on March 3, 2004 03:45 PM

そうですね。私はどちらかというと保守的な人間ですが、
何らかの発言をする際は、自分の主義主張と客観的な正しさとなら、きちんと後者にもとづかなきゃいけないな と
自戒も込めて、ですが。

自分が思いついたアイディアをたとえば師匠に伝えるとき、って大変ですよね。
考えたことをきちんと過分なく伝えるのって難しいです。
話してる途中で「**はこういう意味かね?」と何回聞き直されることか。
でも、科学者あるいは研究者として必要ですよね。
論文を書くという行為は実はそれと一緒だったりするわけで。

Posted by: y_ikeda on March 3, 2004 06:29 PM

最近の科学は専門性が進んできて難しいのは確かですが、だから理解しなくても良いのだと言う風潮があります。詳しくは以下をどうぞ。

「なぜ科学教育は必要か」by 北村正直氏
http://www.nikonet.or.jp/spring/k_edu/k_edu.htm

Posted by: さくらい on March 4, 2004 02:03 AM

あと、大学の研究室によっては、中心メンバーはずーーーっと研究室につめて研究している人達ばかりと聞いて、やや不安に思っています。
研究者になるためには、たっぷり勉強しなければならないのは仕方がないことだけど、でも、あまりにずっと研究室にばかりいたら、やはり視野が狭くなってしまうと思います。とくに工学分野では、広い視野からこそ良い研究がうまれるのではないかと思います。
カフェで勉強したり、ラウンジで他の学生と議論したり、もちろんまっとうな社会生活を送ったり、そういうことが研究者としても質的向上につながるとおもいます。

英米の大学では修士や博士こそが本物の学生ということで、多忙な中、たくさんの社交の機会があるようです。そういう良いところはどんどん真似しなくてはなりません。

社会を見据えた優秀な研究者になるために、そういう環境を少しずつ作って行きたいとおもいます。できるかな?

Posted by: arai on March 4, 2004 03:31 PM
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